生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

 高校生の時、分子生物学って何をやっているのかよくわからかった。ちょうど世の中は「遺伝子組み換え」とか「クローン」という言葉が新聞やTVに現れ始めて、これからはバイオテクノロジーの時代だ、なんて言われ始めていた(ような気がする。) 本書の前半では、生命が生命として存在する為の仕組み、ブラックボックスが、教科書に載ってるような偉い先生達によって少しずつ解明されていくいきさつをダイジェストではあるが実にわかりやすく解説している。高校生や文系の大学生でも理解できると思う。
 
 先人が明らかにしたのは、遺伝子は核酸という物質で、生命現象はアミノ酸が連なったタンパク質という物質によって挙動するという事実。そこに有ったのは、「物質」が生命を「動かす」という宗教やロマンを超越した「事実」。聖書などの昔からの言い伝え(と当時考えていた人はさすがに少なかっただろうが)がそれまでの既成事実だったわけで、イスラム圏や欧米の信心深い人はどうおもったんだろうな。日本人はただぼけっといていたんだろうけど。(でも、キリスト教のある宗派で、いまだに進化論を否定するグループが居るのも事実。) で、その瞬間から、生命を機械として捉える事でひとつひとつの部品の役割を調べる事が可能になった。自分もそういった部品の仕組みを理解して、その機能を向上できないか、産業利用できないか探る研究を行っている。
 
 その事実に長く向き合って、経験を積むに従って次第に職人が持つような「哲学」が生まれてくる。著者は動的平衡という概念で生命の挙動を説明していて、それがこの本のコアであり、著者が捉える「生命」なのだと思う。それまで大学の講義や教科書的な生命の定義は自己複製能力が有る事、外界と自己を隔てる膜が有る事、とか複数の条件が必要で曖昧だったんだけど、この動的平衡という概念ひとつで多くの人が納得できる気がする。動的平衡という概念は物理学者シュレーディンガーが提唱したというのも、興味深い。ある道を究めた職人は、分野を横断して他分野の根っこの部分でも通用するということか。その領域までいくのは限られた人間だけだろうね。

 最近、人工的に生命の設計図を合成したというニュースが。

科学者たちが細菌のゲノム(全遺伝情報)を合成した。147ページ分にも相当する、DNAの構成要素を示す文字列をつなぎ合わせたのだ。
研究者チームは、酵母菌を利用してDNAの4つの長いらせん構造を縫い合わせ、マイコプラズマ・ジェニタリウム(Mycoplasma genitalium)というバクテリアのゲノムを作り出した。研究成果は、1月24日付の科学雑誌『Science』誌(オンライン版)に掲載される。
これまでに、より原始的なウイルスでの成功例はあったが、今回作成された合成DNAの長さはそれを1桁上回る。さらに、合成生物学の先端を行く同チームによる研究の成果はこれだけにとどまらず、数ヵ月のうちに世界初の合成生命が誕生するだろうという予測もある。もっともこれは、まだ作成されていないとしたらの話だ。
この研究を行なったJ. Craig Venter Instituteの所長、J. Craig Venter氏は、24日(米国時間)の電話会見で次のように語った。
「最初の合成生命体を作成するためには3つの工程が必要だが、これはそのうちの2番目だ。今回は、完全な染色体の合成が実現した。合成生命体の完成に必要な残りの1つの工程は……これを細胞内で『起動』させることだ」

細菌のゲノム合成に成功:2008年中に合成生命も?

これまで研究者は部分的に生物のゲノムの一部を複製して切り貼りしてきた訳だけど、この研究が進むとゼロから生命を合成する事が可能になるかもしれない。既存の生物のゲノム上から余分な部分を削っていき、ゲノムが"スリム"な有用な物質だけを単純に生産する微生物を作ろうという試みは国内の有名企業も行っている。どちらも微生物での話ではあるけれども、このニュースの研究者達はスタート地点が全く異なる。

日々変化をしていく生命の枠組みを捉える上で著者の「動的平衡」という概念は有用なキーワードかもしれない。